里山の時間のなかで感じたことを綴っています。

 

オーガニックつちの塾は、農業のやりかたを教わるところではなく、子どもも大人も自然の中でのびのび過ごすところ。

風・雨・太陽、土、生き物と関わるありがたさ、きびしさ、生き物・自然と自分の繋がりを感じる、学ぶ場です。

 

自然が巡る速度に合わせて食べ物を育てる、種から芽が出て育っていくのをじっくり観察する、すると、いのちを愛せるようになる。

 

自然とは、生きるとは、生命、いのちとは。いのちを愛するとはどういうこと?。

自分で感じ、考え、実践していこう。

 

知識・技法を身につけても、自然、いのちに自ら踏み込んで関わろうとしなければ、

楽しさも自由も感じられない。

 

動物の死は辛い、悲しい、感情的になると言うが、植物の死についてはどう思うだろう。

 

自分で育てたものを収穫したときの、みんなの笑顔を見るのが幸せ。

 

やったことない、みたことない、しらない、わからないは、はずかしくない、かっこわるくない。

なんでもやれるひとはいない。

 

もがいてももがいても思うようにならないことばかり。それでも、つかみたいものの正体を見失わないように。

 

初心を忘れないこと。

楽しく続けるにはワクワク、ドキドキ、これから頑張るぞ〜、というあの時の気持ちを忘れないことだと思う。

 

どんな人も便利にはかなわない。楽をしたいと思うもの。

でも「風呂沸かすのに40分かかるからな。だいたい4時から焚いて5時に入って、それから晩飯や」なんて爺ちゃんに言われると、

毎日そんなこと出来ないなあ、大変やなあと思うのが半分、

もう半分は、こういうのが豊かな生活なのだろうな、ちょっと温かい気持ちになる。

 

1年かけてゆっくりと、自然の流れに添って、食べ物を育てる。豊かな心と時間をもってほしいな。

 

つくる方法、育てる方法だけを習っても何か違うんだよなあ。そんなのは知ろうと思えば知れる。教わったようにやったのにできない、期待していた結果と違う。それはなぜだろうと考えないと。ものが育つのはノウハウに従ってやったからではない。雨、夜露、太陽、風、霧、さまざまな生き物の活動にも気を配らないと育てられないんだよなあ。自分がこうしたからこうなった、それだけで結果は語れない。

つちの塾の毎月の共同作業は、水路に詰まった枯葉や土砂を掻き出したり、畑や田んぼの畦の草を刈ったり、皆で全体の整備をすることがあるので、こういう作業を通して食べ物を育てるにはどういう環境が必要で、何をすればよいのかを知っていくといいのだけどなあ。